2026.04.27 - 2026.05.10
RED Photo Gallery 企画展
松村映三 Eizo Matsumura
滾滾遼河




ある夏、約一カ月の入院を初めて経験した。慣れない連載原稿を抱え、飲めない酒を飲み過ぎ、風邪をこじらせ、気がついた時は頭の中に鉛が入っているようだった。病院の救急科で検査を済ませると即、入院させられた。病名は髄膜炎。昔は脳膜炎とよばれ、多くの子供がかかり、時には命を落とすこともある。退院してからも後遺症に悩まされる病気だった。
なぜかそれを境に、幼い頃の夢を見るようになった。
ある日、僕は忘れていたはずの小学校の校歌を夢の中で歌っていた。その歌詞に『また名も古い町に今、輝き並ぶ鉄の塔、未来の文化この腕に、になおう皆と誓いあう』という一節がある。在学中に東京オリンピックがあったので、校歌の意味は現実に重ね合わすことが出来た。しかし今ではこの歌詞に複雑な想いを感じている。生まれ育った町が発展していく嬉しさと共に、原風景を失った寂しさ。豊かさというものがもたらす幸福と不幸を。
またある日、十歳に満たない僕は、真冬に汗をかいた従兄弟と兄に引かれたリヤカーの上で、銀座通りの眩いネオンを見上げている夢をみた。母の実家は月島にある炭屋だ。下町には長屋が至るところにあり、炭、煉炭、炭団を忙しそうに配達している。冬休みの書入れ時になると、親戚中が集まり手伝っている。皆の働く姿を見ていると、母が口癖のように言ったことを思い出す。『エイゾーや、大きくなったら汗水流して働くんだよ』
その次に見るようになった夢が中国行きの旅だった。独立したカメラマンになって一年目、自費で初めて海外へ出掛けた。香港へ行き、噂に聞いていた九龍城を見てみると、バラック小屋が周辺を埋め尽くし雲上の城のようにそびえ建っている。養老院では纏足の老婆に出逢う。市場近くの路上に作られた芝居小屋は、京劇の立ち
振舞を見世物にして、いつも野次馬で浴れている。幼年期に下町でかつて見た景色だった。この時から僕のチャイナ・ホリックが始まった。
